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昭和という時代

 バブル経済突入と崩壊、「昭和」と「平成」のふたつの元号をまたいだ華やか且つ波乱の娘時代をリアル体験して以降、ワタシは特に時代の流れに乗っかりもせず逆らいもせず、なんとなく今そこにある平凡な幸せを噛み締めながら生きている。だから現代社会に対して取立てて大騒ぎするほどの怒りを覚える事もなく、政治家に目くじら立てて怒っている人々に対しても、少し冷めた目でみることが多い。恵まれた時代に生きていながら、それが無いものねだりのワガママだったり、年がら年中愚痴をこぼしてる人に対してはだ。誰が首相になっても国民の不平不満が止むことはないだろうし、諦めに似た思いでワタシはすっかり関心を無くしてしまっている。年金問題とかあまりいい加減すぎると多々ムカツクことはあるけれど。個人的には、和民の渡辺社長のような方が国のリーダーになってくれないかしら、と思う。
 ワタシはただ、自分の人生を、愛する家族と共にオモシロオカシク送れればそれでいい。

 昭和という時代。ふと子供の頃の、鼻頭がツンと痛くなるような情緒、懐かしさに思いを馳せる。
 
 真性の団塊ジュニアではないが、近い世代ではある。
 ワタシが生まれる前の、60年安保、学生運動、のちの全共闘運動には強い憧れを抱いたもんだ。若者としてリアルにその時代を生きていたなら、率先してデモに参加していただろう自分の姿を想像して吹き出しそうになる。村上龍の「69」を読んだときには心が躍った。なんて熱い時代なんだろう。皆が何かに対して怒り、もがき苦しみ、闘っている、そんな風潮がカッコよく映った。ワタシは若い頃に三島由紀夫に傾倒したり、自衛隊に入隊したいと言って親を困らせた、そんな娘だったものだから。
 
 学生運動の名残、そんな時代の背景にはまた、歴史に残る重大事件も数々あった。連合赤軍による、浅間山荘たてこもり、よど号ハイジャックなど。リアルタイムで知らない事件であったから文献をたよりに見知ったが、そこにはそれぞれの闘いと確固とした理由が存在していた。現代の犯罪事件などとは明らかに異質のものだ。
 
 ワタシにとって生涯忘れられない凶悪事件がある。猟奇事件が珍しくなくなった昨今にしても身震いがするほどの歴史的な事件。昭和54年に起きた大阪の三菱銀行人質事件、日本中が震撼した通称「梅川事件」である。子供心にそれはもうショックが大きかった。今でも鮮明に覚えている。テレビでも中継していたから日本中が釘付けになった。猟銃を手に行員、客をあわせて44人を人質にとり、それは3日間に及んだ。(ウィキ辞典で三菱銀行人質事件で検索するか、こちらを参照していただくと事件の概要がわかるかと思う)
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/mitubisi.htm

 4人を殺害した他、行員の耳をナイフで切り取りかじるなど猟奇的な部分もあった。糞を食べたとも言われている。犯人の梅川は、特殊部隊によって射殺された。貧困や生い立ち、心の貧しさが生んだやりきれない事件であった。老いた母親が説得に現われたのにはひどく胸が痛んだ。ひと昔前の凶悪犯の中には「母親だけはやめてくれ」と懇願する姿を見せる者もいた。今は親まで殺害する時代だというのに。同情してはいけないが少し複雑な思いに駆られる。結局、梅川の母親による説得は失敗に終わったが、母親を気遣う言動や、小さな子供二人を連れた主婦を解放するなどの一面が印象に残る。人の心が少しでも残っていたのならば・・・。残念である。梅川は、15歳の時にも女性メッタ切り殺人を犯し、当時の少年法に基づいて、わずか一年半という期間で出所している。少年法の改正が成されていれば、これほど残忍な事件は起きなかったかもしれない。特殊部隊による射殺という解決をみなくても、梅川の死刑が免れることはなかったと思われる。

 昭和という時代、ワタシにとっては子供の頃の楽しい思い出しか記憶にないが、母の子供の頃は残酷な時代であったときいている。人種差別も容赦なく、先天性奇形や障害者、精神疾患者に対して石を投げつける、そんな時代だったと。
 それを思うと、自分は今、優しい時代に生きているんだなぁ。平成もなかなかに悪くないではないか。
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5件のコメント

[C851] ある意味、戦争だった

 三菱銀行北畑支店事件は、よく憶えています。阿倍野区播磨町に知人宅があって、そのころは、よくその人の家に遊びにいったりしてました。あの銀行はそこのすぐ近くです。
 私は園子さんより、ちょっと上ですかね。全共闘世代です。
 あのころある意味、「戦争」があったのでは。「日本国」と、「彼ら」が夢見る、未だ見ぬ祖国「日本人民共和国」との戦争。だから、あの一連の連合赤軍事件は、「犯罪」というより、「戦争」と見た方が解釈しやすいのではないでしょうか。
 ソ連の崩壊、北朝鮮の現状、中国の人権などを考えると、社会主義の実験は今の段階では、失敗したといえるのではないでしょうか。そういう意味で「日本人民共和国」は完全についえた夢といってもいいでしょう。
「三丁目の夕日」なんて映画があたったりして、「昭和」を懐かしむ風潮がありますが、私も、平成の方が、だれに対してもに優しい時代だと思います。昭和、特に私たちの親の世代は、自分たちとは「違う」人たちに対しては、大きな差別意識を持っております。
 とは、いうものの、昨今のワーキングプアの問題を見ると、平成も決して優しい時代とはいいかねますね。まったく困ったもんです。

[C852] うむ

真剣なまなざしでキーボードを叩く園子さんの姿が目に浮かぶような文面ですね。

「梅川事件」は私もテレビを注視してましたよ。

確かに昭和の時代は映画にあるような「やさしさ」だけでなく、もっと陰湿で「異分子は排除」の傾向がありましたよね。
ただ、昭和も長いので、その増長した歴史の中で単純に前・中・後期と分けてもなお年々で世代間の感じ方は違うようです。

私は校内暴力とイジメ自殺の吹き荒れた頃に学生時代を過ごしていますので、昭和は酷い時代だったなぁという印象があります。
まあ、今もイジメ自殺は収まってないですが・・・・

[C853] ・・・

全共闘とも日本赤軍や新左翼とのかかわりの全くなかった子供の私はそうした組織の犯罪がいまひとつ理解できませんでした。

昭和のイメージは懐かしく甘美な反面、残酷な事件が多発、いじめもエスカレートして学校は荒れ放題でしたね。
加害者にも被害者にもなりたくない私でした。

今でも色んな理由で、差別や偏見、いじめがあるのでしょうね。
いつの日か誰もが平等で真に平和が訪れる世界になってもらいたいです。。。。

私は学生のときから完全なノンポリでした、偉そうなことは何も言えませんがね。

[C854]

なにかにつけて、昭和と平成は比較されますね。

政治や経済だけじゃなく、遊び(方)、音楽などもたしかに比較したくなる節目があるように感じます。

自分もまたいでいますので感じます。

青春時代に携帯電話があったならと思いますが、
デートの待ち合わせに遅れないように急いだこととか、ドキドキしながら公衆電話から電話した自分をなつかしく思います。

今の若者は、公衆電話知っているかな。

「凍える淋しさを片手で支えて、電話のボックスでくちびる噛んでる。乾いた交換の声が優しげに「使われてません」と告げれば しのび雨」

稲垣潤一の「雨のリグレット」の一節です。ちょっと演歌みたいですが、女々しく、ふられた好きな子に電話した自分にだぶります。

このあいだ話した、麦わら帽子、虫取り網で過ごした昭和の少年時代もあるし、PC、携帯電話の平成時代を過ごせてる自分は、一番いい時代に生まれたなといつも思っています。

これからも…。




[C855]

ショック大~!!皆様へのコメントが投稿失敗、消失しておりました。ケータイからは危険じゃ・・・
気をとりなおしてPCから。

☆雫センセ
なるほど。確かに犯罪というより戦争ですね。成功すれば歴史的革命です。
センセは村上龍らと同世代ですか?全共闘世代とは羨ましい。全学連とかウチゲバ、そのキーワードだけで興奮しちゃいます。もっとも賢くて、情熱的な世代ですね。

3丁目の夕日ってそういう映画なんですね。ちょっと観てみたくなりました。
数年前に母親を横浜にある「ラーメン博物館」に連れていったことがあります。見事に昭和を再現していて、母は裕次郎やひばりの映画の看板前で立ち尽くしたり、時に涙ぐんだりしていました。

そうですね、ワーキングプアの問題があります。働けど働けど報われない、これから家庭を築きたいと願う若者たちにとっては特に深刻ですね。どうしてこうなってしまったんでしょう?利益のコトしか頭にないあくどい企業が多いから??小泉劇場がさらに煽った感もあります。小泉の構造改革ってなんだったんでしょうね。確かに痛みは伴っておりますが。なんだか、またあちこちから、学歴社会や勝ち組負け組みという言葉が聞こえてきます。


☆まるあさん
そんなー、必死ちゃいますよ(笑)
そういえばそうですねぇ。昭和天皇の即位が早かったのと長寿だっただけに昭和は長いんですもん。初期、中期、後期と分けて考えるべきですね。よってそれぞれ感覚はまったく別物です。

校内暴力全盛期といえば、金八の腐ったミカンとか積木くずしが流行った頃ですか?昭和40年生まれあたりでしょうか??年齢当てちゃいますけど(笑)


☆海老太郎さん
ワタシも学生運動真っ盛りにはまだ生まれてませんでしたから、後に本とかテレビで見聞きして、ただカッコイイと単純に憧れてました。そう、甘美なイメージ漂う昭和の、自分が過ごした時間が大好きです。ずっと心に刻まれています。

イジメはいつの時代も無くならないでしょうねぇ。あの頃のイジメは露骨で、言葉の暴力が酷かったです。デブとかメガネとか、容姿を見たまんまを侮蔑するとかねぇ・・・。昔は「メガネ」がなんでイジメ用語だったのか不思議です。
ワタシはイジメに加わったことはありませんが、不良っぽい先輩からよく呼び出されました。一種のイジメなんでしょうけど、当時の聖子ちゃんカットのワタシがあまりに可愛かったからでしょうね♪なんちゃって~(笑)


☆まろんさん
比較されますねぇ、音楽は90年代以降のモノを聴いてもいまひとつ懐かしさは感じませんが、やっぱり昭和の歌謡曲全盛期のモノや学生時代の売れていたバンドなんかは思い入れが強いですよね。今の若い子たちが、つい数年前まで流行ってたモノを「懐かしいー!」とか言ってるのを聞くと、おいおい・・・ってなりますよ。その「懐かしい」には「古い、今更」っていう小バカにした意味が含まれてる気がして。

ああ、稲垣潤一の歌詞はいいですねぇ。もろ昭和です(笑)。今じゃケータイ忘れたりしなんかしたら、電話ボックス探すのも一苦労ですよ。そうそう!ケータイなき時代はデートに遅れてはいけないあの危機感がたまりませんでした。あの頃は皆が、時間や約束というものを大切にしていた気がします。

今やギャグに使われているドでかいケータイを持った人を街で見かけた時は衝撃でした。大阪のミナミをねり歩いてる時です。有馬記念だったか、オグリキャップが負けて競馬で大損した日です。そんなバブル時代を満喫する18歳のワタクシでした(笑)
  • 2008-05-04
  • そのえだ園子
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プロフィール

そのえだ園子

Author:そのえだ園子
モノカキ、活字中毒、ロック好き、元ライター、元ゲーマー、ピアノ弾き、少年ジャンプ大好き、ヲタク体質、九龍城マニア、ジェットリー&ジャッキーファン。
マグレ受賞の著書あり。

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